霜明洞のカウンター席にて記す。
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ロビンと永原未咲は凄い、なんて、考察という程でもないけれど。
まぁ、ちょっとした話。
ロビンのもう一個の方のブログを読んで、ちと思った事。 エコの精神で地球を救うと言ってまして、まぁその言葉を見て、 地球を救うのと 人を一人救うのと どちらが大変なんだろう とか考えまして。 私は人間を救う方が難しいんじゃないかな、と思います。 地球を救うのも勿論難しいですけど、何が地球の為になるのかとかは、実行力がないだけで、分かってるじゃないですか。 でも、人の心を救うのって、どうしたら良いのか分かりません。 自分と同じ思いをしてる人がいても、自分が解決策を知らないんだから、助けようがない。 救えるならとっくに自分を救ってるよ、みたいなね。 そして、自分にとって救いになったものが、他の人にとっても救いとなるとは限らない。 今まで生きてきた中で蓄積されてきたトラウマや傷はそれぞれ違うし、考え方や感じ方も違うし、求めてるものも違う。 全く、何が救いになるか分からない。 本当に、人を救うのは難しい。 運命よりも偉大なる、偶然さえ関わってくる。 だから、ロビンと永原未咲は、凄いと思うんだよね。 PR
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突発考察。
客観的に見た結果の方が正しいなんて云うのは、とんだ妄言だ。
だけど、己の評価も価値も、結局は私を客観視している他人が決める。 他人にどう思われようと知ったこっちゃないと言ったって、それは紛れもない事実。 自分の世界の中だけで完結出来ない人間は、死ぬまで他人のせいにし続けるしかない。 基準を他人に置くなら、自分は自分を自分で残せない。 自分の表現に対して、他人が自分とは違う解釈をした時に、その違った考えを受け入れられるのは確かに大人だけれど、それは自己の中に絶対の価値があって、それとは別の所で他人の評価を受け入れているから出来る事。 結局は自分が優先されている。 二者択一ではないけれど、中庸していると云うわけでもなく、どちらかに圧倒的に偏りながら、私達は価値を食い潰している。 のかもしれない。 |
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なぜ鬼太郎の親父は目玉なのか?
昨日、保健室で保険医の一人と志望校の話をしていて、妖怪の話に変わって、鬼太郎の話になりました。 で、保険医がポツリと一言。
「なんで鬼太郎のお父さんは、目玉なんだろうね?」
天からの啓示ってこういう事を言うんですかね。 霜月さん、ちょっと思い付きました。
霊能力を仕事に使っている方々で、片目を意図的に潰す人がいます。 一つ目であると云う事は、何か意味があったみたいですね。 鍛冶師が妖怪化されたり神聖化されたりするのと同じ理屈です。 見えない片目で異界を視ているのだ、という説もあるみたい。 で、ソレになぞらえて鬼太郎の目も片目にしたのかにー? と思い付きました。
御大に確認したいけど畏れ多いって云うかもう覚えてらっしゃらない可能性もあるので、ここで小規模に発表してみました。
クリスマスケーキはザッハトルテに決定vv うわーい☆★
最近、真田幸村熱が再発。 霜月さんの歴史モノに関する熱は主に4つあって、「義経&弁慶熱」、「真田幸村熱」、「新選組熱(幕末・明治熱)」、「第二次世界大戦中熱」があります。 判官贔屓(笑)。 幸村と十勇士の主従関係というか絆というか、そういうのが好き。
力説し出すと止まらないのでこの辺で。 ばいなり。 |
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自由。
選べると云う自由。
でも、ソレってさぁ、こうも言えるんじゃないかな。
選ばざるを得ない不自由。 選ばない事が許されない不自由。
自分で選んだなら、最後までやり通せと云う強制。 好きな事をしなければならない強制。
うん、でも、よく分からないなぁ。
ペンが剣よりも強い時代。 剣が最弱のこの時代。
何を選べば良いんだろうね?
ペンでも人を殺せるよ? |
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馬鹿げた考察。
ども、前髪作ったら余計志田未来の子供の頃に似ていると言われてしまった霜月サンです。
で、今日ちょっと思ったんですが、末端冷え性って脳にも血行かないんですかね?
いやいや流石に大事な脳には血が行くだろうとも思うんですが、ヒトの触覚の鋭さをモデル化したホムンクルスの絵では、唇と手が一番大きく、手は周りのモノの状態を知る為に触覚がかなり発達していて、ヒトの大事な部分だと言えそうです。 それで、手にも行かないんだったら脳にも行かないんじゃないの、と。
そして、脳に血液行ってないなら、霜月が極端にモノ覚えられないのも仕方ないよね、と。
しかし雑学をかなり大量に覚えているのは自負しているので、上記の理屈はここで覆されるワケです。
仕方なくなんかなかったね。 |
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